「英語を仕事にできたらいいな」
そう思ったことがある人は、たぶん一度は検索したことがあるはずです。そして、出てきた情報を読んで、そっと閉じたのではないでしょうか。
通訳は無理そう。翻訳も専門知識が要るらしい。英語講師は、教えるのが得意じゃない。
それで、話が終わってしまう。
でも、閉じるのが少し早いかもしれません。英語を仕事にする道は、思っているより枝分かれしています。そして、それぞれに「入口の高さ」も「向いている人」も、まったく違います。
この記事では、6つの選択肢を並べて、いいところも、しんどいところも、同じだけ書きます。どれかを勧めるための記事ではありません。選択肢を知らないまま諦めるのは、もったいないと思うだけです。
比べるときの、4つの物差し
「どれがいいか」は人によって変わります。でも、比べるときの物差しは共通です。
- 入口の高さ——未経験から入れるか。資格や実務経験が要るか
- 時間の自由——決まった時間に拘束されるか。自分のペースで進められるか
- 収入の立ち上がり——最初の1円までが早いか、遅いか
- 積み上がるか——やめたときに何か残るか、ゼロに戻るか
この4つで見ていくと、6つの違いがはっきりします。
① 通訳
会議室。相手が話し終わる前から、頭の中では次の日本語を組み立てている。3分の発言を、30秒に凝縮して届ける。会議が終わったあと、担当者が「今日は本当に助かりました」と言いに来る。
英語を仕事にする、と聞いていちばん最初に浮かぶ姿かもしれません。会議通訳、逐次通訳、同時通訳。企業の商談、国際会議、記者会見。
いいところ。単価が高い分野です。半日単位の案件で数万円というレンジも珍しくありません。そして、感謝が直接返ってきます。その場でお礼を言われる仕事は、実はそう多くありません。
しんどいところ。求められる英語力が非常に高い。国際基準のCEFRでC1以上、英検1級レベルが目安です。しかも英語力だけでは足りません。当日までの準備が膨大で、業界用語やその企業の事情を何日もかけて頭に入れます。本番は瞬発力の勝負で、体力も使います。
さらに、AI通訳アプリの精度が上がってきていて、簡単な場面では人を呼ばなくなってきています。
向いているのは、瞬発力があって、緊張する場面がむしろ好きな人。そして、すでに特定の業界の知識を持っている人です。未経験から独学で、というのは現実的ではなく、養成学校で2〜3年というのが一般的な道のりです。
② 通訳ガイド(観光ガイド)
浅草の路地。ドイツから来た家族に、手水舎でなぜ手を清めるのかを説明している。5歳の女の子が見よう見まねで柄杓を持ち上げて、水がこぼれて、家族が笑う。
海外からの観光客を案内する仕事です。定番の観光地を回るツアーもあれば、料理教室や街歩きなど体験型のプログラムもあります。
いいところ。外に出る仕事です。人の反応が目の前で見られます。「日本に来てよかった」という言葉を、その日のうちに受け取れる。インバウンドは伸びていて、需要そのものは増えています。
そして、英語力より「その土地を好きかどうか」が効く珍しい分野でもあります。完璧な英語よりも、「ここにこんな話があるんですよ」と言える人のほうが喜ばれます。
しんどいところ。体力勝負です。1日中歩きます。天候に左右されます。そして収入が不安定で、繁忙期と閑散期の差が激しい。季節によって仕事がほとんどない時期があります。
全国通訳案内士という国家資格がありますが、2018年から資格がなくても有償ガイドができるようになりました。入口は広がった一方で、競争も増えています。
向いているのは、歩くのが苦にならない人。その場の空気を読んで人を楽しませるのが好きな人。地元や特定の土地に詳しい人です。
③ 翻訳
深夜のデスク。ひとつの単語で30分止まっている。commitment を「約束」と訳すか、「覚悟」と訳すか。文脈を何度も読み返して、結局「覚悟」にする。誰にも気づかれない30分。
契約書やマニュアルの実務翻訳、Webサイトのローカライズ、映像の字幕翻訳、特許や医療の専門翻訳。
いいところ。在宅でできて、自分のペースで進められます。そして専門性が積み上がる分野です。医療なら医療、法務なら法務と特化していくほど単価が上がり、代わりのきかない人になれます。
しんどいところ。入口が高い。実務翻訳では専門分野の知識が前提で、多くの場合トライアル(試験)に合格しないと仕事が回ってきません。クラウドソーシングの案件は単価が低く、生計を立てるには相当な量が必要です。
そしてAIの影響を最も強く受けている分野でもあります。単純な翻訳の需要は、はっきり減っています。残っているのは、文化に合わせて調整するローカライズと、専門性の高い分野です。
もうひとつ。翻訳は「他人の言葉」を扱う仕事です。原文に忠実であることが求められるので、自分の視点や意見を入れる余地はありません。ここを物足りなく感じる人と、むしろ心地よく感じる人に、はっきり分かれます。
向いているのは、特定の専門分野を持っていて、正確さを突き詰める作業が好きな人。ひとりで長時間集中できる人です。
④ 英語講師
夜9時のオンラインレッスン。いつも聞き役だった生徒が、初めて自分から英語で質問してきた。「先生、この言い方って失礼になりませんか?」——画面の向こうで、その人が一歩進んだのが見える。
英会話スクールの講師、オンライン英会話、個人レッスン、企業向けの英語研修。最近はSNSやYouTubeで教える人も増えています。
いいところ。感謝が直接返ってきます。生徒が伸びていく過程を、いちばん近くで見られる仕事です。そして、需要が安定しています。英語を学びたい人は、景気に関係なくいます。
未経験から入れる入口もあります。オンライン英会話のプラットフォームに登録すれば、始めること自体はできます。
しんどいところ。「英語ができる」と「英語を教えられる」は、まったく別の能力です。教える技術、カリキュラムの設計、生徒のやる気の管理。英語力とは別の力が要ります。
そして時間の拘束が大きい。決まった時間にレッスンをする仕事なので、自分の都合で動かせません。夜や週末に集中しやすいのも特徴です。
単価の面では、フィリピンなど海外の講師との価格競争があります。差別化には工夫が要ります。
向いているのは、人と接するのが好きで、教えること自体に喜びを感じる人。特に、ビジネス経験のある人が社会人に教える場合は、その経験がそのまま説得力になります。
⑤ 英語を使う会社員
朝9時。シンガポールのオフィスから来ているメールに返信を書く。使う英語は難しくない。社内の会議は日本語。でも、そのメール1本が、契約を1件動かしている。
外資系企業の営業やバックオフィス、海外顧客のカスタマーサポート、国際部門の事務。英語そのものが商品ではなく、仕事の道具として英語を使う働き方です。
いいところ。収入が安定します。毎月決まった額が入るのは、フリーランス型の他の5つにはない強みです。そして、これまでのキャリアがそのまま活きます。営業経験、経理経験、人事経験。積み上げてきたものを捨てずに済みます。
英語力の要求も、実はそれほど高くない場合があります。メールとチャットが中心なら、読み書きができれば回ることも多い。
しんどいところ。転職が必要です。そして、40代・50代の転職では英語よりも職務経験が問われます。「英語ができます」だけでは採用されません。逆に言えば、専門性がある人にとっては、英語は後押しになります。
もうひとつ、組織で働くことになるので、時間や場所の自由は少なくなります。
向いているのは、すでに職種としての専門性がある人。組織で働くことが苦にならない人です。
⑥ グローバルエッセイスト
朝、コーヒーを淹れてパソコンを開く。昨夜出した記事にコメントがついている。カナダの女性から。「日本のお弁当の話、すごく面白かった。うちの子にも作ってみたい」——昼休みに書いた文章が、地球の裏側の食卓を変えようとしている。
日本で暮らしている自分の視点を、英語で書いて、海外の読者に届ける仕事です。翻訳のように他人の言葉を訳すのではなく、最初から英語で、自分の言葉で書きます。
海外向けWebメディアへの寄稿、企業の英語コンテンツ制作、インバウンド向けのレポート。あるいは、自分のメディアを持って書き続ける。
いいところ。入口が6つの中でいちばん低い。中学英語の基礎(CEFRでB1、英検2級・TOEIC550点程度)があれば書き始められます。資格も、留学経験も要りません。
在宅で、時間を選びません。そして書くときは考える時間がある——辞書を引けて、言い回しを直せて、納得いくまで推敲できる。話すときのように「言いたかったことの半分しか出てこない」ということが起きません。
もうひとつ。書いたものが残ります。公開した記事はそのままポートフォリオになり、次の仕事を連れてきます。やめても、書いたものは消えません。
そして、この仕事では年齢が武器になります。求められるのは英語の正確さではなく「何を書くか」だからです。海外の読者が読みたいのは、日本に住んでいる人が今日見て感じたこと。20代には書けない厚みが、そのまま価値になります。
しんどいところ。正直に書きます。最初の半年は、ほぼ無収入です。
記事を5本、10本と積み上げて、ようやく「書ける人」という証明ができる。そこから小さな案件が来て、単価が上がるまでにさらに時間がかかります。即金性を求める人には、まったく向きません。
ひとりで書く仕事なので、孤独でもあります。そして何より、自分の考えを人前に出す必要があります。「私はこう思う」を書けない人には苦しい仕事です。
向いているのは、書くことが苦にならない人。日本の日常を「面白い」と思える人。そして、80点で出せる人です。完璧な英語が書けるまで出さない、と決めてしまうと、一生出せません。
6つを、一枚の表にすると
| 入口の高さ | 時間の自由 | 収入の立ち上がり | 積み上がるか | |
|---|---|---|---|---|
| 通訳 | とても高い (C1以上・養成2〜3年) |
案件ごと | 案件が取れれば早い | 実績が信用になる |
| 通訳ガイド | 中 (資格なしでも可) |
季節に左右される | 比較的早い | リピーターがつく |
| 翻訳 | 高い (専門知識・トライアル) |
高い(在宅) | 遅い | 専門性が積み上がる |
| 英語講師 | 低〜中 | 低い(時間拘束) | 早い | 生徒との関係が残る |
| 英語を使う会社員 | 中 (職務経験が必要) |
低い | 安定・即時 | キャリアが積み上がる |
| グローバルエッセイスト | 低い (中学英語から) |
高い | 遅い (半年は無収入) |
記事が資産になる |
眺めてみると、都合のいい選択肢は一つもありません。
入口が低いものは収入の立ち上がりが遅い。収入が早いものは時間が拘束される。時間が自由なものは孤独になる。どれかを取れば、どれかを手放すことになります。
だから「どれが一番いいか」という問いには、答えがありません。あるのは、「自分は何を手放せるか」という問いだけです。
選ぶときの、3つの質問
質問1:いま、いちばん困るのはどれですか
「収入が半年ゼロ」が困るなら、⑥は今の選択肢から外れます。「決まった時間に拘束される」が困るなら、④と⑤が外れます。「体力的にきつい」が困るなら、②が外れます。
できることを探すより、できないことを外していくほうが、早く絞れます。
質問2:英語を「商品」にしたいですか、「道具」にしたいですか
ここは意外と見落とされます。
①②③④は、英語そのものが商品です。正確さが求められる職人の世界で、「正解」があります。
⑤⑥は、英語が道具です。英語を使って別の価値を出す。だから、これまでの経験が武器になります。
「英語を仕事にしたい」と言うとき、この2つを混同している人がとても多いです。目的地を決めずにエンジンだけ磨いている状態になりがちなので、ここは先に決めておくと迷いません。
質問3:英語と掛け合わせられるものが、自分にありますか
英語だけで戦うと、必ず「もっと英語ができる人」に負けます。
でも、英語×営業20年、英語×子育て、英語×地元の歴史、英語×介護の現場。この掛け算になった瞬間、競合がかなり少なくなります。
これまでの仕事で泥臭く積み上げてきたことは何か。誰にも頼まれないのに調べてしまうことは何か。日本で長く暮らしてきたからこそ見える景色は何か。
英語力を上げるより先に、ここを棚卸ししたほうが、道が早く決まります。
まとめ|選ばなくてもいい。でも、知らないままはもったいない
6つ並べましたが、いま決める必要はありません。
この記事で伝えたかったのは、たったひとつです。
「英語の仕事=通訳・翻訳・講師」という思い込みを外すだけで、選択肢は倍になります。
そして、そのうちのいくつかは、いまの英語力のまま始められます。資格も、留学経験も、TOEICの点数も要らないものが、確かにあります。
「英語を仕事にできたらいいな」と思って検索して、そっと閉じてきた人へ。
閉じるのは、6つ全部を見てからでも遅くありません。